ユルゲン・ハルトマン
ドイツ連邦共和国の政治制度は、ドイツの歴史上では二番目の民主主義体制である。連邦共和国の生みの親となった全州議会評議会の構成員たちは、新しい憲法である基本法に、ドイツで最初の民主主義体制であったワイマール共和国とナチス独裁の失敗から得た教訓を反映させた。ドイツ連邦共和国は戦争から生まれた国である。1949年、民主主義は東西ふたつに分断されたドイツの西側にだけ根をおろした。しかし、暫定的なものとして構想された基本法は、「自由な自己決定により」ドイツを再統一するという目標を固守した。
ドイツ第二の民主主義は成功した。成功の理由は多数あるが、独裁を経て強まった自由な生き方に対する価値観、民主主義を掲げる隣国に受け入れられるよう努力したことなどがあげられる。また、基本法もこの成功に貢献した。40年にわたるドイツ分断の時代が終わりをつげた時、基本法は1990年に統一ドイツの憲法となった。